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    およそ670年くらい前の南北朝時代、南朝の後醍醐天皇に使える 藤原朝臣藤房(万里小路藤房)が北の足利軍に追われ現在の東京都あきる野市に身を隠しました。

    その後さらに北上しその道中で二人の子供の内、当時6歳だった兄の亀麿が病で倒れその幼き生涯を閉じました。 その際『末代まで家を守り続ける』と言って息を引き取ったそうです。

    その後、守り神<座敷わらし>として奥座敷の槐(えんじゅ)の間に 現れるようになったと言い伝えられています。
    その姿を見たり、不思議な体験をした人は大変な幸運(男=出世 女=玉の輿)に恵まれると言われています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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